東京高等裁判所 平成11年(ネ)4968号 判決 2000年2月29日
控訴人 国
代理人 田中芳樹 鶴巻勲 ほか六名
被控訴人 内山喜利
主文
一 原判決主文第一項を取り消す。
二 被控訴人の控訴人に対する境界確定請求に係る訴えを新潟地方裁判所に差し戻す。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 主文同旨。
2 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 原判決を取り消す。
2 本件を新潟地方裁判所へ差し戻す。
第二当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中「一 請求の趣旨及び原因」中控訴人及び被控訴人関係部分のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の当審における主張
被控訴人が所有する新潟県上越市大字石橋新田字屋敷五二一番一の土地(以下「五二一番の土地」という。)と控訴人の所有する無番地の道路(以下「本件赤道」という。)との境界確定請求に係る訴え(以下「本件訴え」という。)を却下した原判決は違法であり、これを取り消した上、境界確定について審理を尽くさせるため、本件訴えについて事件を新潟地方裁判所に差し戻すべきである。
1 控訴人は、控訴の利益を有する。
すなわち、本件訴えについて、原告適格を否定し、これを却下した原判決が確定すれば、右判断について既判力が生じるため、被控訴人のみならず控訴人も、本件赤道と五二一番一の土地との間の境界確定の訴えを提起できなくなるという法律上の不利益を受けることになるので、控訴人は、控訴の利益を有する。
2 一審被告室岡春次(以下「室岡」という。)が本件赤道中原判決別紙図面<2>、<3>、<4>、<5>、<6>、<7>、<2>の各点を順次直線で結んだ線で囲まれる部分の土地(以下「本件甲地部分」という。)に含まれる土地を時効取得したことを理由として、本件訴えについて被控訴人の原告適格を否定した原判決の判断は違法である。
すなわち、被控訴人の控訴人に対する境界確定請求と室岡に対する所有権確認請求を併合提起した訴訟は、通常共同訴訟であり、相被告室岡が右所有権確認請求について主張した時効取得の抗弁は、本件境界確定訴訟に何ら影響を与えないのであるから(民訴法三九条)、控訴人と被控訴人双方が右事実を主張しないにもかかわらず、本件訴えについて、室岡の時効取得を認定し、被控訴人の原告適格を否定した原判決の判断は違法である。
3 室岡が本件赤道中本件甲地部分に含まれる部分を時効取得したとの原判決の判断も誤りである。
本件赤道は、道路であり、法定外公共用財産であるので、公用廃止されない限り、時効取得の対象とならない。そして、本件において、明示の公用廃止がされた証拠はなく、黙示の公用廃止がされるには、(1)長年の間事実上公の目的に使用されず、放置されたこと、(2)公共用財産としての形態機能が喪失したこと、(3)他人の占有により公の目的が実際上害されないこと、(4)公共用財産として維持すべき理由がなくなったことを要するが(最高裁判所昭和五一年一二月二四日第二小法廷判決・民集三〇巻一一号一一〇四頁)、右四要件の主張立証がなされていないにもかかわらず、原判決は、室岡の右時効取得を肯定した。
二 被控訴人の当審における主張
被控訴人は、被控訴人の所有する土地と控訴人の所有する土地が接していることを主張して、五二一番一の土地と本件赤道との間の境界確定を求めるのであるから、本件赤道中本件甲地部分に含まれる部分を室岡が時効取得したという室岡の主張を援用するものではない。
第三当裁判所の判断
一 被控訴人が所有する五二一番の土地と控訴人の所有する本件赤道との境界確定請求に係る本件訴えについて、原審は、五二一番一の土地が本件赤道と本件甲地部分内でのみ接するところ、本件赤道中本件甲地部分に含まれる部分は、室岡がその所有する同市大字下荒浜字冥加場七七七番一の土地(以下「七七七番一の土地」という。)の一部として昭和五四年ころから占有し、平成元年六月ころ時効取得してその所有権を取得したのであるから、被控訴人の所有する五二一番一の土地は、控訴人の所有する土地と接しないことになるので、被控訴人は、本件訴えの原告適格を有しないとの判断を示して、被控訴人の本件訴え却下した。
二 しかし、裁判所は、訴訟要件である当事者適格の有無の判断それ自体について当事者の主張に拘束されるものではないが、当事者適格の存否を基礎づける事実については、弁論主義が適用されるのであるから、室岡の右土地の時効取得の事実は、当事者の主張がない限り、裁判所がこれを前提として当事者適格の判断をすることは許されないと解すべきである。
そして、本件においては、控訴人及び被控訴人は、室岡の時効取得の事実を主張していないのであるから、当事者双方の主張がないにもかかわらず、右時効取得の事実を認定し、本件訴えについて、被控訴人の原告適格を否定し、これを却下することは許されないというべきである。
もっとも、本件境界確定請求と併合提起された被控訴人の室岡に対する所有権確認請求について、室岡は右時効取得を抗弁事実として主張したことが認められるが、右両請求が併合提起された訴訟は通常共同訴訟であり、共同訴訟人の一人が行った訴訟行為は他の共同訴訟人に影響を及ぼさないのであって(民訴法三九条)、たとえ、共同訴訟人間に共通の利害関係があるときであっても、補助参加の申出がない限り、補助参加と同様の効力は認められず、他の共同訴訟人の主張を当該共同訴訟人の主張があったものとして、判断することは許されないのであるから(最高裁判所昭和四三年九月一二日第一小法廷判決・民集二二巻九号一八九六頁)、室岡が主張した右時効取得の事実を控訴人と被控訴人間の本件境界確定請求について、控訴人の主張があったものとして原告適格の判断をすることは許されない。
三 以上のとおり、本件訴えに係る被控訴人の原告適格を否定し、本件訴えを却下した原判決は取消しを免れず、更に審理を尽くさせるため、本件訴えについて事件を新潟地方裁判所に差し戻すこととする(民訴法三〇七条)。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷澤忠弘 一宮和夫 大竹たかし)
【参考】(第一審 新潟地裁高田支部 平成九年(ワ)第六三号 平成一一年八月二五日判決)
主文
一 原告内山喜利の境界確定を求める訴を却下する。
二 原告内山喜利のその余の請求及び原告柳澤ミヨの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
一 請求の趣旨及び原因
1 原告内山喜利
原告内山は上越市大字石橋新田字屋敷五二一番地一の土地(五二一番一の土地。以下、土地については初出を除き地番のみで表記する)を所有し、被告国は五二一番一の土地に接して無番地の道路(本件赤道)を所有し、被告室岡春次は上越市大字下荒浜字冥加場七七七番一の土地を所有している。
別紙図面<2>、<3>、<4>、<5>、<6>、<7>、<2>の各点を順次直線で結んだ線で囲まれる部分(本件甲地部分)は原告所有の五二一番一の土地の一部であるが、被告室岡は七七七番一の土地の一部として使用している。
よって、<1>被告国に対し、五二一番一の土地と本件赤道の境界の確定を求めるとともに、<2>被告らに対し、本件係争部分が原告内山の所有であることの確認を求める。
2 原告柳澤ミヨ
原告柳澤は上越市大字石橋新田字屋敷五四〇番外の土地を所有している。別紙図面<5>、<4>、<12>、<8>、<5>の各点を順次直線で結んだ線で囲まれる部分(本件乙地部分)は被告国所有の本件赤道であるが、被告室岡は七七七番一の土地の一部として使用して原告柳澤の通行を妨害している。
よって、被告室岡は原告柳澤が本件赤道を通行することを妨害してはならないとの判決を求める。
二 被告室岡の取得時効の主張
仮に本件甲地部分の内に七七七番一の土地に含まれない部分があるとしても、被告室岡は昭和五四年六月ころから本件甲地部分を七七七番一の土地と信じて所有の意思を持って占有し、占有のはじめ無過失であったから、それから一〇年を経過した平成元年六月ころに時効取得した。
三 判断
1 別紙図面K.3点(K.3点)付近は現在別紙図面のとおり南北に走る道路(本件南北道路)と西側に走る道路(本件西側道路)が交わるT字路となっているが、K.3点付近から東側に走る道路は存在していない。
原告らは公図(<証拠略>)では五二一番一の土地と七七七番一の土地との間に東西に走る赤道が存在し、南北に走る道路と交わる地点で十字路(本件十字路)となっているところ、本件南北道路が公図上の南北に走る道路に該当し、本件西側道路が本件十字路から西側に走る道路に該当するとして、K.3点付近で本件南北道路及び本件西側道路と十字路を形成することになる本件乙地部分が公図上の赤道、即ち、本件赤道と主張している。
乙一<略>は本件甲地部分、本件乙地部分を含む付近一番の昭和三七年五月六日撮影の空中写真、乙三<略>は昭和二一年一〇月一〇日に撮影された同様の空中写真である。また、乙二<略>は乙一を、乙四<略>は乙三を乙二と乙四が同一縮尺になるようにトレーシングペーパーにコピーしたものである。
乙一、三の各A点から南に走る道路が本件南北道路と認められるところ、乙一、乙三ともにK.3点付近と思われる辺りから西側に走る道路(乙二、四ではいずれも白抜きの矢印で示されている)が存在していることが認められる。乙二、四に写っている本件南北道路と各C点に存在する十字路を重ね合わせると、各白抜き矢印で示される西側に走る道路は重なり合わず、乙二の方が北方に約四ミリメートルずれていることが分かる。乙二の白抜き矢印で示される道路から北方のJR信越本線の道路の端までは約六センチメートルである。また、縮尺が正確と思われる被告国の平成一〇年三月九日付準備書面末尾添附の図面ではK.3点からJR信越本線の線路の端までは約一二センチメートルであり、その縮尺は五〇〇分の一である。乙二、四の縮尺は約一〇〇〇分の一と認められる。昭和二一年一〇月一〇日に存在した乙四において白抜き矢印で示された道路は乙一が撮影された昭和三七年五月六日には存在せず、同日にはその道路より北側に約四メートル離れて西側に走る道路が存在していたと認められる。そして、昭和三七年五月六日に存在していた道路が本件西側道路と認められる。
本件西側道路は昭和二一年一〇月一〇日から昭和三七年五月六日の間につけかえられた道路であるから、公図に示された本件十字路から西側に走る道路ではないと認められる。
ところで、乙一、二を注意してみると本件南北道路と本件西側道路と十字路を形成する形の東側に走る道路が存在していることが読みとれる。原告らが本件乙地部分に存在していたと主張する道路はこれと思われる。しかし、乙三、四では本件南北道路から東側に走る道路は読みとれない。原告らが本件乙地部分に存在したと主張する道路は昭和二一年一〇月一〇日には存在せず、その後、昭和三七年五月六日までの間に事実上の道路として存在するに至ったものと認められる。この事実上の道路は昭和二一年一〇月一〇日には存在していないから、公図上の赤道、即ち、本件赤道ではないと認める。
昭和二一年一〇月一〇日の時点では本件西側道路から南側約四メートルの地点に西側に走る道路が存在していた。この道路が本件南北道路及び本件赤道と本件十字路を形成する道路と認めるのが相当である。本件赤道はK.3点から南に約四メートルの地点から東側に伸びていたものと認められる。
本件赤道はいつ頃から存在したかを示す証拠はないが、地番がないことから公図作成時点では既に存在していたと認められる。公図作成時点で存在したことから、本件赤道の幅員は二メートル程度かそれよりも狭いものと考えられる。その幅員が二メートル程度かそれ以上であることから、K.3点から約四メートル南に存在する本件赤道と本件乙地部分は重なり合わないと認めるのが相当である。
よって、原告柳澤の請求は理由がない。
2 別紙図面<1>、<2>、<7>、<6>、<1>の各点を順次直線で結んだ線で囲まれる部分(本件丙地部分)は長年に渡り上越市大字下荒浜字冥加場七七六番の土地と信じられ、所有者が占有してきた(被告室岡との間では争いが無く、被告国との間ではこのことを弁論の全趣旨として認める)。
被告国の平成一〇年三月九日付準備書面末尾添附の図面ではK.3点から別紙図面<6>に相当する地点までは約六ミリメートル、<1>に相当する地点までは約三・三センチメートルであるから、K.3点から別紙図面<6>までは約三メートル、<1>までは約一六・五メートルとなる。したがって、本件赤道がK.3点から約四メートル南に存在するとの前記1での認定に照らせば、本件赤道は本件甲地部分と本件丙地部分の中に存在することになる。したがって、本件甲地部分の内の南側の相当部分が七七七番一の土地以外の土地となる。
<証拠略>によれば、昭和五四年五月ころ、近隣住民立会の上で被告室岡から依頼を受けた市川土地家屋調査士が七七七番一の土地の範囲について測量(五四年測量)し、七七七番一の土地の境界について近隣住民の同意を得て、その結果を図面<証拠略>にした事実が認められる。その結果、七七七番一の南側境界とされたのが別紙図面<5>、<6>、<7>、<2>、<3>、<4>の各点を順次直線で結んだ線である。即ち、本件甲部分は七七七番一の土地とされたのである。
ところで、市川土地家屋調査士は五四年測量に際して、上越市大字石橋新田の公図は見なかったようである<証拠略>。原告内山は七七六番の土地の北側の境界が五四年測量により南側に約一メートル移動させられたとしている(<証拠略>の表紙から九枚目の写真<10>の下の「現在」として記載してある部分)。しかし、南側の境界である別紙図面<1>、<2>の各点を順次直線で結んだ線については移動したことを窺わせる主張、証拠はないから、移動していないと認められる。長年に渡り別紙図面<1>、<2>の各点を順次直線で結んだ線が七七六番の土地の南側境界と信じられてきた以上、上越市大字石橋新田の公図を見なくとも別紙図面<2>の点が七七七番一の土地と七七六番の土地の南側の境界点と信じても市川土地家屋調査士、ひいては同人に七七七番一の土地の測量を依頼した被告室岡に過失は無いものというべきである。更に、近隣住民が同意した以上、別紙図面<5>、<6>、<7>、<2>、<3>、<4>の各点を順次直線で結んだ線が七七七番一の土地の南側境界であると信じたとしても市川土地家屋調査士、ひいては被告室岡に過失は無いものというべきである。
被告室岡は昭和五四年六月ころから本件甲地部分を七七七番一の土地の一部として占有してきた<証拠略>から、本件甲地部分の内の七七七番一の土地に含まれない部分については一〇年を経過した平成元年六月ころ、被告室岡は時効取得したものと認められる。
よって、原告内山の本件甲地部分が自己の所有地であることの確認を求める請求は理由がない。
3 別紙図面<1>、<2>の各点を順次直線で結んだ線の長さは八・四メートル前後<証拠略>である。ところで、本件赤道に接する土地は本件十字路から東側に向かい順次、上越市大字石橋新田字屋敷五二一番三の土地、五二一番一の土地となっている<証拠略>。五二一番三の土地には東西方向の長さが一二・〇六メートルの長さの建物が建っている<証拠略>。五二一番三の土地は少なくとも本件赤道と一二メートル以上接していることとなる。五二一番一の土地が本件赤道と接するのは別紙図面<2>、<7>の各点を順次直線で結んだ線よりも少なくとも三メートル以上東側の地点からと認められる。即ち、本件甲地部分内で接するものと認められる。
前記1、2で認定したとおり、本件赤道がK.3点から約四メートル南に存在し、K.3点から別紙図面<1>まで約一六・五メートルであることから、本件赤道の南側境界は別紙図面<1>、<2>、<3>の各点を順次直線で結んだ線よりもかなり北側に存在すると認められる。そして、本件赤道の内、本件甲地部分に含まれる部分については、前記2で認定したとおり被告室岡が時効取得しているから、原告内山が所有している土地と隣接しないことになる。
原告内山所有の土地は本件赤道と接していないので、原告内山は本件赤道との境界確定を求める原告適格を有しない。原告内山の境界確定を求める訴は不適法である。
(裁判官 加藤就一)
図面<省略>